20.初めてイワナが釣れるまで(2)
 「釣りに行かないか。」
 と,ウーやんは言った。
 そのころ,そのころというのは正確には,1991年の秋,ウーやんに釣りに誘われた。
 ウーやんと私は,町の子供たちを集めて土日に柔道を教えていた。
 そのころは,休日の土日が柔道なので,自分の自由な時間がほとんどなかった。
 寒い冬場は少し休みにして,日帰りスキーに行くのが唯一の楽しみだった。
 もともとは多趣味で,温泉に行ったり,ドライブしたり,後楽園ホールにボクシングを観に行ったり,コンサートに行ったりと,いろいろやりたいことがあったのだが,全て柔道のせいで何もできなくなっていた。
 それじゃあ,何で柔道を教えているのかというと,柔道が好きだったのである。
 ということで柔道の話を始めると,話はどんどんイワナ釣りから遠ざかってしまうのでやめておきます。
 もちろん今は体力の限界を感じ,とっくの昔に引退しているけれど,とにかくそのころは,1にスキー,2に柔道だったのである。
 そんなわけで「釣り」なんて,全く興味がなかったのだが,スキーと柔道だけの代わり映えのしない生活にも飽きてきた頃だし,「いっちょ,やってみるか。」ということで,釣りを始めることにしたのです。
 次の日曜日,柔道の練習を終えたウーやんと私は,小貝川へ出かけた。
 ウーやんは子供の頃から釣りをやっているらしく,途中,釣具屋によって道具も見立ててくれた。
 道具をそろえると,なんだかウキウキしてくるものだ。
 これはちょっと,のめり込みそうだな,という予感はあった。
 スキーを始めたときもそうだった。
 スキーなんて全く興味がなかったのだが,ちょっと誘われて道具をそろえると,隔週ごとに出かけるようになってしまった。
 と,ここで話がスキーに行ってしまうと,またしてもイワナから遠ざかってしまうので釣りの話に話を戻す。
 予感が実感になるのにそう時間はかからなかった。
 釣りキチ誕生の日である。
 ウーやんの釣りは,リールを使った鯉の吸い込みである。
 鯉の吸い込み釣りというのは,練りエサをゴルフボールぐらいの団子にして,その中にたくさんの釣り針を埋め込んでおく。
 それを,リール竿で投げて鯉が団子をかじるのを待っている。
 かじるときに,釣り針もいっしょに吸い込むので鯉が掛かるという釣り方だ。
 リール竿の先には鈴を付けておき,鯉が掛かれば鈴が鳴るという,何ともわかりやすい初心者にはもってこいの釣りである。
 竿を投げたら何もやることはなく,竿を竿立てに立てておく。
 鈴が鳴ったらひたすらリールを巻き上げる。
 ただそれだけの釣りなのです。
 ところが私にとって,リール竿というのが何ともくせ者で,思った方向に投げることができない。
 リールそのものの仕組みも今一つわからない。
 それで,最初のうちはウーやんに投げてもらっていた。
 エサも付け方がわからないのでウーやんに付けてもらっていたので,ほとんど自分ではなんにもやっていないという状態だった。
 なんにもやっていないけど,気持ちがいい。
 ぼーっと小貝川の流れを見ながら,ゆっくり過ごすこの時間がとても貴重な時間に思えた。
 毎日仕事は忙しいし,のんびりするなんてことはなかったから。
 静かな川べりで,鈴が鳴るのをひたすら待った。
 太陽の動きが実感できる長い時間は,あっという間に過ぎた。
 結局鈴は,一度も鳴らなかった。
 釣りデビューのこの日,鯉はおろか雑魚すら釣れなかった。
 それでもこの日から,急速に鯉釣りにのめり込んでいくのであった。
 ちょうどこの頃は,勝負にこだわる柔道にも嫌気がさしてきた頃だった。
 そんなにムキになって練習しなくても,楽しくやればいいじゃない,そう思うようになっていった。
 たまには練習を休んで釣りに行こう。
 勝ち負けのない釣りはいいものだ。
 かっこよく言えば,ちょうどこの日が熱く燃えた青春時代の終わりだったのかもしれない。
 スポーツもいいけど,のんびり釣りもいいのではないか。
 で,初めてイワナが釣れるのはいつかというと,まだまだずーっと先なのです。
 ということで,(3)に続く。




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