121.野尻川の氾濫 昭和32年9月18日の水害の様子です。 今回の写真は,「中島屋旅館」さんから,お借りしました。 宿泊した折りに,水害の話になり,貴重な写真を見せていただきました。 いつも,水量の少ない野尻川を見ている私には,信じられない光景です。 |
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122.国道400号線 野尻川に沿った,国道400号線の様子です。 どこが川で,どこが道路なのか全くわからない状況です。 源流まで十数キロのこの地点でこれだけの水量になってしまうのですから,恐ろしいものです。 向こう岸に見えているのは,中学校の体育館のようです。 |
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123.水害のあと 少し水が引いたところです。 写真左を流れているのが野尻川です。 中学校の体育館も川向こうに見えます。 役場周辺の下中津川地区の被害がひどいのは,野尻川支流の柳沢の爆発的な増水が原因のようです。 現在では,柳沢に巨大な砂防堰堤が築かれています。 |
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124.荒れ狂う野尻川 この写真を見ると,洪水の凄まじさがよくわかります。 流されてしまった家もあったそうです。 一度増水した野尻川を見てみたいものですねえと不謹慎なことを言うと,宿のおじちゃんに「来れるものなら来てみなせえ。」と笑われました。 このころは,峠道も険しく遠方からの釣り人も少なかったそうです。 |
125.2度目の水害 ここからは,昭和44年8月13日の水害の様子です。 中島屋旅館の前の様子です。 このときは釣り人も多く宿泊していて,1階の荷物をみんなで持ち出したそうです。 床上浸水したそうです。 |
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126.増水前に避難 野尻川に面した中島屋旅館から避難する宿のおじちゃんとおばちゃんです。 国道も冠水しています。 宿が流されないよう庭の木にロープで建物を縛り付けたそうです。あとで冷静になって,建物が流されるくらいなら庭の木だって流されることに気づき,大笑いしたそうです。 災害時は気が動転してしまうものです。 |
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127.昭和村役場 この写真は,昔の昭和村役場だそうです。 現在の昭和中学校の辺りにあったそうです。 手前が野尻川で,川向こうの役場にはだれも近づけません。 現在の役場は,川の手前側,国道沿いにあります。 |
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128.雪の昭和村 昭和村の災害は,水害だけではありません。雪の被害も相当です。 この写真は,昭和40年2月の様子です。 中島屋旅館も,1階部分は完全に雪に埋まっています。 子どもたちの登校風景です。 |
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129.雪の中島屋旅館 このころは,屋根の雪下ろし,雪かきが大変だったそうです。 現在では,融雪溝,消雪パイプが整備され,除雪車もあるので金山町側からは通行できるそうです。 それでも雪の多いときは,交通が遮断され陸の孤島になることもあるそうです。 一度体験してみたいものです。 |
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130.かつての中島屋旅館 この写真は年代が定かではありません。 現在の中島屋旅館の原型が見られますので,上の写真よりは後の時期だと思われます。 関東地方より釣り人が押し寄せ,1日に何十匹も尺岩魚を釣っていた頃だと思います。 昔の昭和村の釣りの話を聞くと,うらやましくて仕方がありません。 古い写真を見ながら,酒を飲み,宿のおじちゃんの昔話を聞くのも昭和村の楽しみです。 「イワナ雑記」メニューに戻る |