17.昭和村見聞記(10)
091 からむし織り

 昭和村で古くから生産されている伝統工芸品に,からむし織りがある。
 からむしという植物から繊維を取り出す織物で,本州では唯一の生産地だそうだ。
 好きな人には聖地のような存在で,全国各地から来訪者があるという。
 村でも,村おこしの一環として,とても力を入れている。
092 からむし織りの里

 平成14年にオープンした「からむし織りの里」は,昭和村に似合わないほど立派な博物館だ。
 当初は,観光客がバスに乗って大勢訪れる施設に,ということだったらしいが,いつも客は疎らである。
 村が考えているより,からむしの知名度はまだまだ低いようです。
 日帰り温泉施設でも併設すればよかったと思うのですが,温泉は出なかったらしいです。

093 釣り人の評価

 昭和村は地元の釣り人が少ない。
 釣りは子どもの遊びであって,大の大人が仕事もせずに釣りをやるなんてけしからんということらしい。
 食べるためなら網で捕ればいいものを,わざわざ1尾ずつ釣るというのは遊びの要素が強い。
 釣りをやる者は道楽者だということでよく見られないそうだ。
 仕事もせずに,パチンコやギャンブルに熱を入れているのと同じ感覚なのだろう。
 
 
094 魚の評価

 昭和村では,かつてイワナを食べる習慣はなかったという。
 主に食用にしていたのは,ハヤとカジカで,イワナの評価はランクが低いようだ。
 釣り人の評価と反対だ。
 今でも,漁協では「ませ」と呼ばれる産卵場をつくり,ハヤの漁をしている。
095 釣りの黎明期

 元々地元の釣り人が少なかったこともあり,他から釣り人が来るようになったのは,昭和30年代からだそうだ。
 そのころは鉄道もなく,峠も悪路で東京方面から来る釣り人は稀だったそうである。
 しかも今のように誰もが自家用車をもっている時代ではなかったので,限られた人,自家用車を持っている会社の社長さんやお医者さんなど一部のお金持ちの人しか来なかったという。
096 昭和30年代のイワナ釣り

 この頃は,釣りをする地元の人が少なかったことと,イワナの評価が低かったこともあり,川にはイワナがうじゃうじゃいたという。
 羨ましい話だ。
 今でも他の有名河川に比べれば魚影は濃いと思うのだが,当時の話を聞くと,釣れた魚の数はとにかく半端じゃなかったらしい。
097 野尻川の魚

 野尻川には様々な魚が棲んでいる。
 ハヤ(とにかく多い。放流もしている。)
 イワナ(放流もしているそうだが,天然物の方が多いよう  に思う。)
 ヤマメ(元々はいなかったそうなので,放流により増えた のだろう。)
 アユ(近年は不漁が続いている。放流)
 その他,カジカ,アブラハヤ,コイ,ニゴイ,釣り大会の残りニジマスなどが棲息している。

098 電話

 中島屋旅館の電話は,未だにダイヤル式の10円電話だ。
 近年,携帯電話の圏内になったので使わなくなったが,かつては10円玉を大量に両替し,電話をかけるのが大変だった。
 10円玉の落ちるスピードがすごかった。
099 勝手な思い

 昭和村に来るようになって約10年になる。
 10年もたてば,村の様子も少しずつ変わってくるのは当たり前だ。
 ちょっと何かが新しくなっただけで,変わらないで欲しかったなあと思うことがたびたびある。
 ここで生活している人を無視した,通りすがりの勝手な思いではあるけれど,ずっと変わらないでいて欲しいと願うのです。
100 終わりに

 昭和村には,イワナがいて,山菜が採れて,キノコが採れて,温泉がある。
 山と川,美しい自然と,なぜか懐かしい風景,そして人情。
 この素敵な村を第二の故郷として,これからも通い続けたいと思います。


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